7月 23, 2014
7月 23, 2014
7月 23, 2014
夜這い民俗は、村ごとによって習慣が違ったが、「総当り型」「若衆型」に、二大別される。もう少し詳しく調べてみると、その中でも複雑な類型が発生していたことが分かった。

☆「総当り型」⇒性的年齢に達した者なら、男女ともに自由に交渉してもよいとするもの。

●「全解放型」・・・娘・後家をはじめとして、いつでも、誰のところに行ってもよい。
●「不在解放型」・・・配偶者が留守のときに限る。
●「嬶解放型」・・・嬶の場合に限る。
※嬶というのは、主人の女房。後家というのは、主人に死別した嬶。

自分(主人)が不在の場合に、妻などに対する夜這い阻止しようとする「防衛型」もある。
●「禁止型」・・・妻の兄弟とか、親類の信用できる男に警備を頼む。
●「交替型」・・・気心の分かった男に警備を頼むかわりに、その男が留守のときは自分が警備にいく。
●「交換型」・・・「交替型」を頼む関係の夫婦間などで、お互いに女房を解放し合う。

☆「若衆型」⇒娘、後家、下女など、つまり嫁と嬶、婆を除くすべての女を、若衆が管理するというもの。

「割替式」(最も厳しい類例)
●「定制型」・・・正月の初会合にくじ引きその他の方法で、若衆と娘との組合せを決め、決まると一年間は変改しない。
●「変替型」・・・基本は「定制型」だが、少しは事情によって変改を認める。男女双方の希望で、組合せを交替するとか、一定の期間を経て組替えるなどの方法。だいたい無償だが、酒一本、二本というような有償の場合もある。

「自由式」(最も普通な類例)
●「随意型」・・・完全解放の早いもの勝ち。喧嘩が起こることもあった。
●「予約型」・・・男女双方が唄合戦をして勝敗をつけたり、合意の上で約束したりする。そのかわりに失意の者も出て、若衆組や娘仲間の幹部たちが苦労することになった。

●「巡訪式」・・・「割替式」と「自由式」の中間様式。若衆が順次に定められた娘の家を廻る。娘から見ると、訪れてくる相手によって楽しい夜もあれば、苦しみの夜もあることになるが、これは意外に分布の広い様式。公平という考慮が喜ばれたのかもしれない。

●「見習型」・・・若衆の先輩のお供をして草履を持ったりする「見習い」を二年ぐらいしているうちに、その先輩や娘たちが相談して適当に手引きしてくれる。親が若衆頭に頼んで手引きしてもらう例もある。

●「独立型」・・・見習修行中に、先輩の話をよく聞いておいて、単独で好いた女の家へ忍び込む。ほんとうの「夜這い」といえるのかしれない。主として「自 由式」の村で行われた。「割替式」「巡訪式」の村では、だいたい若衆入りすると自動的に相手を決められたり、順番が廻ってくると女の家に行けばいいので、 忍び込みの苦労はしなくてよかった。

参照:「非常民の性民俗」 赤松啓介
「夜這い婚の類型」 - るいネット (via kogumarecord)

(yaruoから)

7月 23, 2014
7月 23, 2014

pepelie:

齋藤飛鳥

(gkojaxから)

7月 22, 2014
キングダムハーツというゲームではドナルドダック(CV.山寺宏一)らと共にスティッチ(CV.山寺宏一)やジーニー(CV.山寺宏一)、ムーシュー(CV.山寺宏一)を召喚しながらディズニーの世界を冒険し、闇に囚われた美女と野獣の野獣(CV.山寺宏一)と戦ったりします。
Twitter / syonma: キングダムハーツというゲームではドナルドダック(CV.山寺宏 … (via kskb)

(otsuneから)

7月 22, 2014
takumiwarrior:

A sword info-graphic

takumiwarrior:

A sword info-graphic

(yamada123456789から)

7月 19, 2014
姉が「PCもらったからセットアップして〜。あっでもキーボード今ないから持ってきて〜。」って言ってきたので、念のためマウスも持ってお宅に伺ったら、そこには液晶モニタだけがポツンと置いてあって崩れ落ちた。
Twitter / heart_of_paper (via rpm99)

(peckoriから)

7月 19, 2014
7月 19, 2014
7月 18, 2014
ヒトラーは著書『わが闘争』のなかで、キュビスムや未来派、表現主義、ダダイズムやシュルレアリスムといった同時代美術を「退廃芸術」として批判し、「国民の精神が狂気におちいらないように」との理由でこれらを禁止する行動に出ます。一部の芸術活動を病的と断じる考えは、かつて1892年にユダヤ人医師マックス・ノルダウがベルリンで出版した『退廃論』で示した理論に基づいています。皮肉なことに、ユダヤ人による本が、ナチスによる美術の規定にひと役買ってしまったわけです。
産業デザインなどにあらたな地平を開いた美術学校「バウハウス」は1933年に閉鎖させられ、初代校長をつとめた建築家ヴァルター・グロピウスはやがてイギリス経由でアメリカへわたります。同校で教鞭をとっていたワシリー・カンディンスキーやパウル・クレーらも、それぞれ亡命を余儀なくされます。
やがてナチス・ドイツは支配域を拡げ、その全域から15,000以上もの作品を「退廃的」として没収します。彼らはそれらを晒し、非難すべき芸術を知らしめる教育目的のために、1937年にミュンヘンで「退廃美術展」を開催します。クレーやパブロ・ピカソ、ゴッホら約120人の画家による650点ほどの作品が展示された大展覧会ですから、さぞかし壮観だったに違いなく、不謹慎ながらちょっと観たいと思ってしまいます。この展覧会は展示替えをしながら全土を巡回し、1941年まで続けられます。その長期間にわたる会期中の入場者数は300万人を超えるともいわれ、これまで開かれた世界の企画展のなかでも記録的な成功例のひとつに挙げられています。
西洋美術史入門・実践編/池上英洋 (via 010734)

(peckoriから)

7月 18, 2014
7月 18, 2014

7at1stroke:

オフィスのエレベータ横にあるステンレスのゴミ箱が、光学迷彩化している…。

(zenigataから)

7月 18, 2014

(元記事: greenyvertekins (peckoriから))

7月 18, 2014
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